【松坂屋名古屋店】松坂屋史料室|「松坂屋と三英傑」企画展を開催

会期 :令和8年5月22日(金)→ 8月17日(月) 前期 5月22日(金)→7月9日(木)/ 後期 7月11日(土)→8月17日(月)※7月10日(金)は休室日(一部展示替えのため) 

松坂屋名古屋店では、松坂屋史料室(松坂屋名古屋店 南館7階) にて「松坂屋と三英傑」の企画展を開催いたします。【入場無料】
【松坂屋名古屋店】松坂屋史料室|「松坂屋と三英傑」企画展を開催


松坂屋の歴史は、現代の百貨店に繋がる呉服店のなかで最も古く、慶長16年(1611)まで遡ります。伊藤家初代の祐道が、名古屋の本町で松坂屋の前身である呉服小間物問屋「伊藤屋」を開業したことに始まります。祐道は、もと武士で織田信長に仕えていましたが、信長が天正10年(1582)に本能寺の変で亡くなると武士を捨てました。徳川家康が命じた「清須越」によって名古屋城下に移住したのち、商人となって伊藤屋を開業しました。しかし、慶長20年(1615)に大坂夏の陣が勃発すると、再び武士として豊臣秀吉の遺児・秀頼が総大将である大坂方に参陣しました。伊藤屋は二代目の祐基以降も順調に商いを続け、やがて尾張藩の御用商人の最高位である「三家衆」と称されるようになりました。その後も業績を拡大し、江戸から明治時代にかけて京都、江戸、大阪へ店舗を増やしていきました。

本企画展では、松坂屋が所蔵する貴重な時代衣裳等とともに、松坂屋と郷土の三英傑といわれる織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に関わるエピソードについて紹介します。

〈織田信長〉
松坂屋の創業家である伊藤家の初代・祐道は、もと武士で織田信長の家臣でした。小姓として仕え、信長から蘭丸の名を賜りました。天正10年(1582)に信長が本能寺の変で倒れると祐道は武士を捨て、浪人となって所縁のある美濃の久々利に退きました。当時尾張の中心であった清須に出たのち名古屋城下に移り住み、商人となって呉服小間物問屋の伊藤屋を開業しました。これが松坂屋の始まりです。

〈豊臣秀吉〉
豊臣秀吉は主君だった織田信長の死後、天下統一を果たすと関白にまで登り詰めます。文禄2年(1593)には側室・淀殿との間に秀頼が生まれました。秀吉が亡くなると再び戦乱の世になりました。慶長20年(1615)に大坂夏の陣が勃発すると、祐道は店を妻子に託し、再び武士として秀吉の遺児・秀頼を総大将とする豊臣方の大坂城に馳せ参じました。

〈徳川家康〉
徳川家康は豊臣方との決戦に備え名古屋城を築城すると、それまで尾張の中心地だった清須から町ごと名古屋へ引っ越す清須越を命じました。祐道も名古屋城下へ移住し、慶長16年(1611)に伊藤屋を開業しました。伊藤屋は順調に商いを続け、元文5年(1740)には尾張藩から呉服御用を拝命し、文化2年(1805)には御用商人の最高位である「三家衆」と称せられるようになり、財政面でも尾張藩を支え続けました。

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※サイトに掲載のある画像は J.フロントリテイリング史料館保有の史料ですので、無断転載はご遠慮ください。史料画像借用をご要望の場合は、お問い合わせ先までご連絡ください。

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