「横浜歴史重ね地図」ウェブサイト公開【横浜開港資料館・横浜都市発展記念館】

幕末・明治・大正の各時代と現在を比べて、横浜の変化を可視化。神奈川県立歴史博物館・横浜開港資料館・横浜都市発展記念館 5年にわたる共同研究の成果




 公益財団法人横浜市ふるさと歴史財団が管理運営する横浜開港資料館・横浜都市発展記念館は、神奈川県立歴史博物館と協力し、「横浜歴史重ね地図」を制作し、令和8年8月28日より公開します。
 ウェブサイトを通じて閲覧できるこの地図は、現代の地図に幕末・明治・大正の地図を重ねて表示することで、過去から現在の横浜の様子や変化を視覚的にとらえることができます。地図上には、それぞれの時代に存在した歴史的なスポットを各館が所蔵する歴史資料を用いてビジュアルと合わせて紹介しています。
 なお、本地図の公開は、令和3年より3館にて進めてきた共同研究 都市横浜「歴史空間」復原への調査研究事業の成果の一部です。



サイトリンク https://ch.kanagawa-museum.jp/kpm/hgis_yokohama/index.html

重ね地図のもととなった絵地図や紹介しているスポット



幕末のべースマップ「新鐫横浜全図随時改刻」
明治3(1870)年10月 
横浜開港資料館所蔵





スポットの紹介例 ―歴史的なワンポイント解説をしています―(オリエンタル銀行) 1842年にボンベイで設立された植民地銀行で、幕末期に横浜に進出。居留地11番に建物を構えた。鉄道建設に伴う債券発行なども同銀行がおこなった。
幕末期 所蔵:横浜開港資料館





(西波止場) 安政6年(1859)に築造された横浜の最初の波止場。2本の突堤からなる。慶応3年(1867)東側の突堤が湾曲され、「象の鼻」を呼ばれるようになった。
「増補再刻御開港横浜之全図」より(部分)
/五雲亭貞秀画/慶応2年(1866)
幕末期 所蔵:横浜開港資料館



各時代のべースマップ

※ベースマップ(現在の地図)は、地理院タイル(国土地理院)を使用しています。
※過去の地図を現在の地図に重ね合わせるにあたって、地図画像の形状を歪ませる処理を加えています。また、過去と現在の地図は厳密に重なり合うものではなく、地図上に表示する各種の情報は、およその位置を示したものです。

管理施設の紹介 横浜開港資料館

【名称】 横浜開港資料館
【所在】 横浜市中区日本大通3
【概要】 横浜開港資料館は、横浜開港百年を記念して実施された「横浜市史」編纂事業の資料を基礎に、昭和56年(1981)6月2日の開港記念日に開館しました。この地は安政元年(1854)の日米和親条約締結の地であり、また、旧館は旧イギリス総領事館(横浜市指定文化財)です。19世紀半ばの開港期から関東大震災に至る時期を中心とした資料を収集・保管、整理し、調査研究を行い、その成果を常設展や企画展で紹介するとともに、閲覧室で公開しています。横浜開港資料館は資料を通じて横浜の歩みを次の世代に伝える「近代横浜の記憶装置」としての役割を果たしている施設です。



近代建築としても人気の高い旧館(旧英国総領事館)と中庭に植わる横浜開港のシンボル玉楠の木

管理施設の紹介 横浜都市発展記念館

【名称】 横浜都市発展記念館
【所在】 横浜市中区日本大通12
【概要】 横浜都市発展記念館として使用しているこの建物は、昭和4年(1929)に横浜中央電話局の局舎として建てられた歴史的建造物です。局舎の設計を担当したのは、横浜出身の若手建築家中山広吉で、外壁全面にタイルを貼ったモダンなデザインは、昭和戦前期の逓信建築(郵便局・電信電話局など)の大きな特徴でした。
竣工当時は、大さん橋通りに面した場所がメインの玄関でした。大さん橋通りから入って右手に加入課事務室(現・事務室)があり、ここで電話加入者の受付をおこなっていました。
 建物は展示施設として大幅に手を加えられましたが、旧第一玄関だけは、改修前の雰囲気をそのまま残しています。2階は横浜ユーラシア文化館常設展示室、4階は横浜都市発展記念館常設展示室、3階にある企画展示室では両館の企画展示を開催しています。歴史的な建造物とあわせてご覧ください。



横浜市認定歴史的建造物「旧横浜市外電話局」を活用した博物館


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